第14話 神殺しの徒党(下)
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「……紹介しよう。天尾羽張のメンバーはここに居る三人だけだ。私と石蕗と……残りがこいつ、貴坏朱雀。我々の中では唯一の戦闘要員で……まあ見ての通り、馬鹿なんだが」 「は!? お前は三百六十五日いつでも失礼だな!?」 「急にドアを蹴り開けるような奴の扱いなんてこれで十分だろう」 「それは石蕗が悪い!」 「誰も朱雀が戦力じゃないとは言ってないよ」 「そうなのか? じゃあいっかぁ」 「この単細胞め……」 貴坏と呼ばれた女は常磐たちとひとしきり騒いだ後、ひとつだけ空いていた椅子に足を組んで座った。一連の所作は非常にガサツで、常磐や石蕗とは正反対の雰囲気を醸し出している。──だが貴坏はおもむろに八坂と水都の方を見やって目を細め、静かに常磐へ問いかけた。 「それで? 俺という"武器"がありながら戦えるヤツを連れてきたってことは……ついにやるのか、神殺しを」 「そうだ。貴坏、じきにお前が暴れられる時も来るぞ」 「マジか!?」 「ああ。だからもう少しだけ大人しくしていろ。……まずは第七神の在処を探らなければならない訳だが。八坂たちにはその調査にも協力してもらいたい」 一瞬落ち着いたかと思うとまたもや目を輝かせる貴坏。自身を武器と称する彼女の行動原理は恐らく「暴れたい」「戦いたい」なのだろう……そして狂犬のような女の手綱を握るのがこの女王様じみた少女であると。八坂は二人の様子にそんな感想を抱きつつ、常磐からの新たな依頼に応える。 「分かった。でも何からやればいい?」 「まずは教団の足取りを追うべきだろうな。奴らがどれくらい神の復活に近づいているかは分からんが、手がかりにはなるかもしれん。石蕗、連中の居場所は掴めるか?」 「うん。大体なら分かりそうだよ」 石蕗がタブレット端末の画面を常磐たちに見せる。そこには都内の地図と二つの赤い点が映っており、その点は西の方に向かって少しずつ動いていた。 「これってさっきの二人の居場所ですか? 一体どうやって……」 「連中に渡したデータに少し『混ぜて』おいたんです。彼らがこのまま気付かなければ……近いうちに教団の場所を特定できるかも」 常磐の指示なのだろうか、随分と用意周到である。情報収集という点でこの二人に隙は無さそうだ。常磐は暫く画面を見つめた後、顔を上げて八坂たちへ指示を出した。 「よし。場所の目星が付き次第、お前らは教団へ乗り込んでくれ。石蕗もな」 「了解、今晩乗り込めばいいかな?」 「いや明日の朝からにしておけ。今日はちゃんと寝ろ。……という訳だから、二人は明日の朝またここに来るように」 「……お気遣い痛み入るよ」 眼鏡の奥、隈の出来た目を細める石蕗。疲労の限界なのが声色からも滲み出ていた。彼の様子を見れば異論など出ようが無い。八坂たちの動きは決まった……が、貴坏は待ちきれないといった様子で勢い良く立ち上がった。 「おい常磐、俺は? コイツらと教団で暴れちゃいけねえのか?」 「お前はもう少し大人しくしていろと言っただろう。……私もまだここでやらねばならんことがある」 「ハイハイ、分かりましたよーっと」 ……椅子にドカリと座り直した貴坏の表情は、その不貞腐れたような口調に反して高揚を隠しきれていなかった。果たして彼女に「暴れられる時」が来たらどうなってしまうのか。だがそれが分かるのは恐らくもう少し先になるだろう……。 「……カザミネさんはなんで連れ去られた?」 話が途切れたところで、ふと水都が呟いた言葉に全員がはっとした。確かに石蕗からの依頼にはカザミネを助け出すことも含まれていた。しかし何故か、今の今までこの場の誰もが忘れていたのだ。 「石蕗さん、カザミネさんってどんな人なんですか」 「確か薄紫の長い髪の女性だったはずです。多分年齢は二十歳くらいかな……すみません、うろ覚えで」 「…………なるほど」 他人に関心を持つことが極めて少ない水都が、わざわざ人の特徴を尋ね、思考を巡らせている。その様子が何処かに引っかかった八坂はすぐに声をかけた。 「何か気になることでもあったのか?」 「一ヶ月ほど前に、たまたま教団……の集会みたいなのを見かけた。白ランの男女が居て、教祖って呼ばれてる黒マントの男と、あと薄紫の髪の女も見たような……」 「ちょっと待て、教団の集会だと? 何か第七神についてヒントになるような事は……」 身を乗り出す常磐に水都は小さく首を振った。 「何を話してたかは全然覚えてない」 「そうか……まあいい。少なくとも、一ヶ月前の時点でカザミネは教団から解放されていなかったという事になる。今も教団に居る可能性は高いだろうな」 「それじゃあ尚更早く乗り込む必要があるね。八坂さんと水都さんも、明日はまたよろしく頼みます」 「こちらこそ。石蕗さん、今晩はしっかり休んでください……」 *** 「……俺はカザミネさんのことを完全に忘れてたんだけどさ、千明は教団の集会のことを何で最初に言わなかったんだ? 常磐たちも早く知っときたかったと思うんだけど……」 「僕も……忘れてた。さっき思い出したから」 帰り道。またもや水都にしては歯切れの悪い言葉が返ってくる。表情は全くもっていつも通りで、真意は八坂にも読めそうになかった。 *** 「神殺しか、うん。その依頼もウチで正式に引き受けようか。君たちは明日からも石蕗さんに同行ということで。……くれぐれも気をつけてね」 八坂からの報告を受けた桜井はまだ常磐とは直接話をしていないにも関わらず、あっさりと天尾羽張からの協力依頼を受け入れた。報酬などについては終わってからの話にするようだ。 「……ちょっと、先輩と水都さんだけで来いとか言われてないですよね? あたしも行きます」 「七瑛路も?」 「石蕗さんたち──天尾羽張は戦闘要員を欲しがってるんですよね。だったらあたしも居た方がいいでしょ?」 「ああ、確かにな……」 魔術での戦闘という意味では、椿樹の方が八坂や水都よりずっと頼もしいのは間違いない。それはもちろん桜井が一番理解していることであり、故に所長の判断は一瞬だった。 「椿樹くんも行っておいで。当たり前だけど私は一人で大丈夫だから。……でも何かあったらすぐに連絡するんだよ」 「分かってますよ。桜井さんもちゃんと連絡してください」 「オッケー了解。……そうだ、八坂くん。警察から少し情報が貰えたよ。彼らがこの件に手出し出来ない事には変わりないけど……教団の目撃情報を提供してくれたんだよね。ここ半年分くらいかな」 どうやら桜井と椿樹の方にも成果があったようだ。椿樹は先程まで読んでいた書類を八坂の方に差し出した。 「目立つし迷惑だからって、住民から結構な頻度で通報が入ってるみたいですね……」 椿樹から手渡されたのは十枚ほどの紙束で、それぞれに教団の目撃日時とその様子が記されていた。恐らく水都が見かけた集会も住民に目撃されていたのだろう、その時期と一致する記載もあった。 「公共の場での集会、無許可ビラ配り、強引な勧誘……まだ事件と言えるほどの物はほとんど無さそうだけど、中々迷惑だな……」 「まあ直接乗り込んで解決してしまえば終わりですよ」 「それはそうだな。あとは願いを叶える神様の手がかりも見付かれば良いんだけど…………」 ──教団という全容は未だ不明の存在。先程戦った教団の男たちは得体の知れない魔術を扱っていた。願いを叶える神様についても分からない事ばかり。常磐や石蕗たちの真意も分からない。考えれば考えるほど不安になる材料ばかりが並んでいた。 ──しかし、八坂の浮かない顔を見た椿樹は、敢えて笑顔でこう言い放った。 「大丈夫ですよ。あたしたち三人、結構強いですから」