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第13話 神殺しの徒党(中)


「……零伊、そろそろ本題に入らないと」  同意を求められた石蕗はピシャリと切り返した。その様はまさに保護者。そもそも連日のストーカー被害と倉庫生活で疲れ果てていた彼からすれば、これ以上の茶番には付き合っていられないと言うのも無理はない話である。 「ふん、全くせっかちな奴め……だがそうだな。まあここからは落ち着いて話をしようか。座るといい」  常磐は一瞬むくれ顔を見せた後に元の席に戻って座った。そこからようやく全員が椅子に腰かけた。少し息をついたところで常磐が口を開く。彼女が真面目な顔をすればたちどころに空気は張り詰める。そういうオーラを持つ少女なのだろう。 「先程も言った通り、我々の目的は神を──目下のところは『願いを叶える神様』を殺すことだ。そこでまず問いたいが、お前たちは現代の神々について知っているか?」  ──神。「八百万の神」というような自然信仰に近いものは現在になっても時々耳にするし、口にする。だが神話に記されるような神は彼らにとってはあくまでフィクション上の──もしくは遠い過去の存在だ。ましてや「現代の」などという前置きを付けられるようなものでは無い。そもそも「願いを叶える神様」の存在に対しても未だ半信半疑だというのに。 「では最初から説明することになるな。まあいいだろう。まずひとつ、初めに教えてやることだが──願いを叶える神様、とは正式には『第七神だいしちしん』と呼ばれるモノだ。八坂にはこの言葉の意味が分かるか?」  歳下だと思われる少女にさらっと呼び捨てにされたが最早気にしない。八坂は年功序列にうるさくはない。……そんなことより、彼女の言葉の意味だ。 「第七……ってことは、第一神とか第二神とか⋯⋯他にも同じような神がいるってことなのか」 「その通り。どうやら第七神とはこの世界を管理する神のうちの1体だそうだ。神とは言うが信仰対象などとしてのGodではなく、あくまでも管理者Administratorに過ぎないらしいな」  事実を淡々と語る口調に感慨は無い。人類の与り知らぬ場所で、超越的な存在がこの世界を「管理」していると聞いても実感など持てないに違いない。それはこの話を聞いている八坂にとっても同じことだが。 「いつからなのか、何故なのかは分からないが、世界の管理者のうちの1体、第七神は正常な状態ではなくなっているらしい。本来の第七神は一個人の願いを叶えることはしないそうだからな」 「今の神は異常だと……それだと何かまずいのか」  目に見えない存在の異常。それがどのような影響を及ぼすのか普通の人間にはわかるはずもない。だが常磐は即座に肯定した。 「まずいとも。だから殺さねばならん」 「そうなのか……だけど、殺せばそれで済む話なのか?」 「……何?」 「神を殺すことに意義はあるのか、それで誰かを救うことは出来るのか? そうじゃないなら、俺は協力出来ない」  八坂が目の前の少女を見据えて言い切る。彼はなよなよとした雰囲気の青年に見えて──存外芯の通った信念を持っている。常磐は八坂の言葉と目線にやれやれと首を振った。だがその口元には僅かな笑みを含ませながら。 「……全く、お前のような奴には本当に最初から最後まで説明せねばならんようだな。いや馬鹿にしているわけでは無い。それが正義感か否かは知らないが、物事に疑問を抱ける人間は嫌いじゃない」  そう高らかに言葉を放つ彼女は、少し上機嫌そうに見えた。ひとつ咳払いをして語り始めた。こころなしか先程に比べて早口だ。 「では、まず神殺しの根拠について話そう。これは私が見つけたある文書の記述だが──神殺し自体は過去に数度行われてきたことが分かっている。大体100年か200年に1度、というところだな」 「そうなのか……その時も神が異常を起こしてたってことか?」 「恐らくは。神の異常は天変地異などの形で表れる。それも神を殺さない限りは延々と続くそうだ。その度に魔術使いなどが殺してきたという記録もある。どういう仕組みかは知らんが殺された神は正常な形で復活するんだとな」  人々が知らない裏の歴史。人と神との戦い──と言うと大袈裟か。故障した機械を叩いて直すような、それぐらいのものなのだろうか? 「これまでに第七神が異常を来した記録はない。だから奴の異常が今後どのような影響を及ぼすかはまだ未知数だが──これを見てみろ」  そう言うとノートパソコンを八坂たちの方へ向け、ニュースサイトらしきページを画面に表示させた。──そこで彼らの目に入ったのは『女子高生、神を求め続けた末に自殺』という些かセンセーショナルが過ぎるタイトルと、『神様、助けて』『こんなに辛いのはもう嫌』『いつか神様が救ってくださる』『神様以外私を助けてくれない』『神様、どうか私を助けてください』『明日は神様がきっと来てくれる』などと記された紙が何十枚と写っている写真だった……。  八坂の隣で唾を飲み込む音がして、脇を見やると水都が強ばった表情を浮かべていた。それほどまでの衝撃が画面の中に存在していた。……この少女の絶望は如何程だったか、結局救われなかったのか。様々な感情を脳の隅に押し遣り、八坂はやっとの思いで声を出す。 「この、神様って……」 「これはごく最近のものだ。まず第七神に違いない。……私の推測だが、この少女は自殺を選んでいない。第七神の手にかかって死んだのだろう。『助けて』という声に奴は答えたんだ」  動揺する2人とは対照的に変わらず冷淡と言えるほど一定の調子で話し続ける常磐。それが真実だったとして──そのような救いを、少女は果たして求めていたのだろうか? 「この子を助けるべきだったのは神様なんかじゃない、周りの人たちだ」 「…………はは、正論すぎてぐうの音も出ないな」  人を救うことが出来るのは人だけだと。噛み締めるように吐き出された言葉に、常磐はうつむき加減で苦笑いを浮かべた。──それは、他人事ではないかのように。だがすぐに話を本題に戻すべく顔を上げた。 「ところで、彼女はただ”都市伝説”を信じて願いを叶える神様を求めていたわけではない。生前の彼女にARA上で接触し、第七神の存在を吹き込んでいた連中がいたそうだ」 「な、何のためにそんな……」  そんな事をしたって、少女は救われなかったのに。偽りの救いに縋らせて、最後には命を奪った存在を教えるなど。何故そんな無責任なことを? 「さあな。だがその連中の素性は調べがついている。……お前たちも出会っているはずだが?」 「えっ?」  唐突に投げかけられた話に思わず間抜けな声が出る。しかしすぐに思い至った。八坂たちが出会った、第七神に関係のある人間と言えば──。 「あ、もしかして白ランの……」 「その通り。奴らは通称『教団』。第七神の復活を目論んで色々やってる傍迷惑な連中だ」  傍迷惑では済まされないだろう。彼らは「幸福な世界を創り上げる」などと宣っていた。その信念が本物であったとしても、彼らの行いは罪なき人を貶めてしまっている。 「……あいつらのことは既に知ってたのか。知ってた上で俺たちに依頼を?」  石蕗の依頼は「白ランの男たちが何故石蕗を狙うのかを調査し、ついでに彼らを追い払う」と言う内容だったはずだ。しかし今の話を聞く限り、常磐たちは既に教団のことを知っているようである。訝しげな八坂の視線に対して常磐はさらりと切り返した。 「まあ、我々が調べ上げられたのは表面的な情報だけだ。実際に接触したのは石蕗が初めてだった。お前たちに依頼してなければこいつは今も自由に行動出来てないぞ」 「そうだね、お恥ずかしながら……ここには戦闘が得意な人がほとんど居ないですから。なので八坂さんたちには感謝していますし、今後も是非お力を借りたいんです」  確かに常磐も石蕗も戦闘が得意そうには見えない、頭脳派のようである。2人が困っていたのは嘘ではなさそうだ。天尾羽張は戦力不足、だから自分たちを歓迎しているのか、この依頼は自分たちの力を判断するためでもあったのだろうと八坂は改めて納得したのだが──。 「おい石蕗ィ、俺は戦力じゃねえって言いてえのか!?」  ──それは突然のこと。耳が痛くなるような大声とともに、黄色い髪の、常磐と同年代と思しき女が奥の扉を蹴り開けて入ってきた。ショートパンツに真っ赤なロングブーツを履き、左目には眼帯を着けているという奇抜な容姿。爛々と輝く紅い右目が狂気じみて見える。その声に常磐が凄まじく嫌そうな顔で露骨にため息をついた。  冷静沈着な彼女にそこまでの表情をさせる存在が、語調に反してギラついた笑顔でそこに立っている。  どう考えてもこの集団の人間は揃いも揃ってアクが強すぎるだろ……と八坂は心の中でぼやいた。


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