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第12話 神殺しの徒党(上)


「「…………」」  ──足元を氷漬けにされた佐高と人継は、何処か神妙な面持ちで座り込んだ。彼らの前に一歩出た石蕗は、2人を呆れたような蔑んだような──微妙な表情で見下ろしながら、抑揚のない声で呟く。その顔には積み重なった疲労と、僅かな苛立ちが浮かんでいた。 「もう止めにしませんか。そもそも神様の復活に私の魔術なんかが有用だとは思えませんがね」 「本気でそう思っているのか? だがな、お前は『ARA第四圏アラ・セルモス』に記された情報を……」 「第四圏だって!?」  人継の言葉を思わず遮ったのは八坂だ。──ARAアラ、正式名称「Akashic Records Atmosphere」とは100年ほど前から使われ始めた新たな情報通信網のことである。かつてのインターネットと比較しても更に高速かつ利用時の消費電力が抑えられた画期的なシステムであり、現在はあらゆる通信がARAを通じて行われている。しかしARAには謎も多く、その1つがこの「第四圏」なのだが──。 「……よくご存知で」 「じゃあまさか、石蕗さんが使える魔術って……」 「ええ。ARA第四圏の一部にアクセス出来る、というものですね」  第四圏。そこには人智の及ばぬ知識が秘められているとも、要人の不都合な事実が隠されているとも、世界の成り立ちが記されているとも言われる領域。だが一般人ではその存在を知ることすら出来ない、幻に等しいもの。 「”世界の真理”が分からなければ我々の計画は進まない。……だが! そこでお前を見つけたのだ!」 「我らは神をこの世に呼び戻し、幸福な世界を創り上げる……そのためには第四圏に触れられる人間の存在が不可欠だ。協力して頂こう!」  興奮したように息を荒らげ石蕗に迫る人継と佐高。……どちらも足は動かせないため上半身だけを動かして、だが。 「石蕗さん、彼らの言ってることは……」 「よく分かりませんが。これ以上話を続けても疲れるだけでしょうね……」  ますます低くなった石蕗の声に思わず八坂は息を呑んだ。路地の隙間から差す光が、気のせいか目の下の隈を先程よりも濃く見せている。彼はふらりとまた1歩近づき、穏やかに、だが確かな”圧”を乗せた言葉を口にした。 「……おふたりとも。私と1つ、取引をしましょうか」 「何……?」  詰め寄る姿勢は変えないまま、眉を顰めた佐高。……石蕗はこれまでずっと、彼らの要求を拒絶するだけだった。だが八坂たちの協力で形勢が変わったのだ。石蕗に対する気弱そう、という印象は今この瞬間に崩れ去った。 「分かる限りの情報をお渡しする代わりに、今後私に近づかないと約束して頂けませんか?」 「いや、だが我々はお前の身柄をだな……」  だが人継はなお食い下がる。……本人は気づいていないが、声は微かに揺らいでいるというのに。それに対して石蕗は群青の瞳を細め、ニッコリと切り札を突きつけた。 「そうですか……でしたら今までのストーカー行為諸々についても不問にしましょう。如何です?」  ……提案と言うよりは脅し。だがこれまで、2人は警察に突き出されても当然の行いをしていたのだ。何ならカザミネを連れ去ったという余罪もセットである。顔を見合せ暫し考え込んだ後、苦々しい顔で石蕗との取引を承諾した。 「……承知した」 「チッ……しょうがねえな」 「賢明な判断だと思います。……それでは、これがお約束の情報です。データはお渡ししますので、あとはご勝手にどうぞ」  鞄からタブレット端末を取り出し、液晶に手をかざす。魔力ピュラーが流れ──画面がびっしりと白い文字に埋め尽くされていく。英語らしき言語で書かれたその文章に彼らは歓喜の表情を隠さず、石蕗からタブレットを取り上げて読み始めた。 「間違いない、願いを叶える神様について記された第四圏の情報だ……! よもや実在するとは!」 「感謝する。これで我らの理想にまた一歩近づいた!」  ──データを転送するため携帯電話を取り出し何やら操作する2人を眺める石蕗に、呆れや蔑みとはまた違う妙な感情が宿っていたことに気付いた者はいないだろう。  暫くして、佐高はタブレットを返して深々と頭を下げ……人継も続いて礼をした。ストーカーなどという手段を使ってくる割には変なところで律儀だ。 「……宜しいですか。では、約束は守って下さいね」 「勿論だ」 「言われなくてもお前みたいな奴とはもう関わりたくない!」 「黙れ人継」 「……ハイ」  ややあって2人は立ち去り、路地から姿が見えなくなったところで石蕗は八坂たちへ向き直った。既に先程のような威圧感はもう無く、穏やかそのものな雰囲気を纏っている。軽く頭を下げ、感謝の意を口にする。 「ありがとうございました。おかげで穏便に片が付きましたよ」  あれが果たして穏便だったのかという疑問は残るが、石蕗が倉庫で寝泊まりする生活には終止符が付いた。彼からの依頼は達成とみて良いだろう。だが……。 「結局あいつらってなんだったんでしょう」 「ああ、彼らはね──」  未だ解決していない疑問に、石蕗が既に何か知っているような素振りを見せたところで──ピリリリと、素っ気のない着信音が響いた。ポケットから携帯電話を取り出し八坂に軽く振ってみせる。 「すみません、例の知人からです。少々お待ちを」  そうして彼は電話に向かって少し話し、何回か相槌を打った後すぐに切った。 「……さて、八坂さんに水都さん。私たち・・・のアジトにご案内しましょうか」 ***  何も説明されないまま、路地より徒歩約15分。ごく近くの雑居ビルのにその「アジト」は存在した。ビルの古めかしさはSDEP日本支部のビルといい勝負だ。表通りに入口はないらしく、わざわざ裏に回らなくてはいけないという点では日本支部以上にアングラな雰囲気を醸し出しているのだが。ともあれ裏口から入って地下へ。石蕗が「在室中」と書かれたプレートがぶら下げられた扉を軽くノックし、反応を待たずに開け放った。  扉の向こう、大きな机が置かれたその部屋にいたのは1人だけ。それも目の前に置かれたパソコンの画面に集中しているらしく、こちらに気づいた様子は無い。石蕗は部屋の奥に座る人物に近づき声をかけた。 「ただいま。……さっき言った通り、例の魔術使いたちを連れてきたよ」 「……ああ。ご苦労」  短い返事とともに立ち上がったのは10代後半と思しき少女。体の揺れとともに腰上まで伸ばした漆黒の髪がさらりと流れる。黒のジャケットに黒のスラックス、黒のクロスタイ……黒で揃えられた男性的な服装が白い肌を引き立てているようだ。……そんな精巧なつくりの容姿に誰でも思わず一度は目を留めてしまうだろう。こちらを見据えるサファイアの瞳には気の強そうな光が宿っている。 「ようこそ。SDEP日本支部の諸君」  外見にはまだ僅かに幼さが残る少女ではあるが──その声を聞けばまず10代とは思えないであろう、低く迫力のある音が鼓膜を震わした。 「我々は『天尾羽張あめのおはばり』。神殺しを目指す者たちの集まりだ」  神殺しと。確かに彼女はそう言った。つまりは──。 「願いを叶える神様を、殺すのか?」 「そうだ。お前たちをここに呼んだのもそのためだ。精々我々の役に立ってもらおう」  少女は八坂の質問に軽く頷き、さも当然かのように肯定する。その上で彼にかけた言葉は──依頼と言うより命令に近いニュアンスを含んでいるように思えた。その様子はさながら女王様。思わず気圧され二の句が継げなくなる八坂。  ……そこで助け舟を出したのはいつの間にか少女の隣に立っていた石蕗だった。 「そういう話は自己紹介ぐらいしてからにしようか」 「……すまん、申し遅れた。私の名は常磐トキワ零伊レイ。天尾羽張を率いる者だ。今後よろしく頼む」  石蕗にたしなめられ、少しきまりが悪そうに声をくぐもらせて名乗った少女。最後には軽く頭を下げたあたり、ただただ上から目線な人間という訳でもないらしい。八坂たちも続けて自己紹介をする。……先程の緊張が解けた八坂は素の笑顔で、水都は通常運転の無表情。 「俺は八坂祐吏。SDEP日本支部の魔術使いだ。こちらこそよろしく」 「水都千明。魔術は使えない」  愛想の欠けらも無い、簡素すぎる名乗りを聞いた常磐は少し大袈裟に手を額に当て、ため息混じりに言葉を吐き出した。 「ああ言わんでも分かる。お前はどうせあの阿呆と同類なんだろう。クソ、また脳筋が増える……」 「わ、悪い……」  「あの阿呆」とは恐らく彼女の仲間なのだろうが──魔術使いの組織と名乗っているのにも関わらずやって来たのがひよっこ魔術使いと脳筋の非魔術使いでは当然ため息も出るだろう。若干の罪悪感を覚えた八坂である。だが常磐は謝られるとは思っていなかったのか、一瞬キョトンとした表情を浮かべた。 「……ん? いや、構わん。戦力になるなら文句は無い」 「そうか、なら大丈夫だ。千明は魔術使いとも戦えるから……だよな? 刀で魔力を打ち消せるんだろ?」 「……ほう?」  ──先程の戦闘にて、水都が刀を振るったのは一度のみ。その一閃とともに彼を襲っていた魔力は跡形もなく消え去っていた。魔力とは普通ゆっくりと減衰していくものであり、あのように瞬間的に「ゼロになる」と言うような消え方は普通ではない。常磐も興味を引かれたのか片眉を上げた。割と感情が顔に出るタイプらしい。 「よく分かったね……祐吏の言う通り、この刀──『雪月せつげつ』には触れたものの魔力を打ち消す力がある」  そう言いながら、いつの間にか取り出していた刀を僅かに鞘から引き抜いた。先程見た時とは違い何も発していない、ごくごく普通の刀身が姿を見せる。 「祐吏、何か魔術使ってみて」 「分かった……それっ、と」  水都に促され、刀身に指をさし魔力を込める。現れたのは小さな氷の塊。だがその直後には刀から碧い稲妻のような光が放たれ──次の瞬間、氷は完全に消失していた。 「ほんとだ、魔力もすっかり消えてるな……」 「なるほど。そういうものがあれば魔術使いでなくてもある程度戦えるわけだな。……面白い」  仮に魔力を無条件で打ち消せるのならば──果たしてある程度、で済むのか。ましてやこの刀の使い手は水都である。1人で数十人の大柄なチンピラを相手にかすり傷ひとつ負わずに全員ぶちのめす男である。敵に回した側からすれば冷や汗ものだろう……。  ところで。八坂はかねてから疑問に思っていたことを口走った。当然のように彼の手に収められているそれは、普通の人間が持ち歩いて良いものでは無いはずだが……? 「千明、それどこで手に入れたんだ」 「椿樹さんに借りた」 「……は?」  予想外の返答に間抜けな声が出る。後ろから常磐が笑いをこらえるような声が聞こえた気がした。八坂は、このような代物を桜井あたりなら持っていてもおかしくないと思っていたのだ。だがまさか椿樹だとは……。 「実家から持ち出してきたって言ってた」 「いや、ヤバいだろそれ」 「僕の知ったことじゃない」 「お前に常識を期待した俺が間違ってた」   彼女は実家から家出同然に飛び出してきたはずだ。家出の荷物に刀とは八坂の25年程度の人生でも聞いたことがない。何故水都は何も疑問に思わないのか……何を言っても無駄と諦めた八坂は、背後で微かに笑い声を上げる常磐を見やった。……必死に抑えてはいるが内心では恐らく爆笑しているのだろう。 「ふふっ……お前たち、中々のイカレ具合じゃあないか。うちの阿呆とも仲良くやれそうだな……?」 


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