第8話 魔術使いの出発
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「はーい、そこまで!」 桜井の声で2人は現実に引き戻される。フィールド中に広がっていた氷壁と氷柱が消え始め、奥から満足気な表情の桜井がやってきた。 「バッチリ合格だよ八坂くん。……2人揃って派手にやったねえ」 「そりゃ先輩が壁張りまくるからですよ」 「いや、それにしても椿樹くんがあんな力技で攻めるなんて思わなかったよ。それも戦闘初心者相手に」 「あー、それは自分でもちょっとやり過ぎたかなと……ああすれば先輩も桜井さんみたいに氷を消すと思ったんですけど」 「……まあそこは上手を取られたみたいだね。八坂くん、アレは咄嗟に思いついたのかい?」 「ええ、まあ……」 ニヤリと笑いながら顔を覗き込む桜井に、八坂は少し恥ずかしさを感じて言葉を濁した。 「ふふ。氷柱、私はいいと思うよ? 力強くてさ。それに魔力の制御もすごく上手になったよね……実は無色透明の氷を魔術で作る事って結構難しいらしいよ」 「……ありがとうございます。頑張ってきた甲斐があったのかもしれないですね……」 八坂は先程まで桜井たちが座っていたベンチに、崩れ落ちるように座った。張り詰めていたものが切れて疲労が一気に溢れ出たようだ。椿樹たちも隣に腰掛け、水都は今にも寝落ちそうな八坂を見てようやく口を開いた。 「祐吏、僕は魔術のことなんてよく分からないと言ったけど……それでも今のは凄かったと思う」 「えっ、と……それはどう言う……?」 急な褒め言葉に戸惑う。──表に出る感情の全てが微弱な水都は、時として何を考えているのか八坂にも分からなくなる。 「お前が魔術使いとして役に立たないなんて事、考えられないだろ。……椿樹さんも桜井さんも同じように考えてるんじゃないか」 「本当、か」 「やだ八坂くん、そんなこと心配してたんだ。全く仕方ない子だねえ……私の目に狂いはないさ。大丈夫。……それに、ここが君の居場所だよ」 「先輩、そういうことで悩むのは仕事し始めてからでいいんじゃないですか?」 月形にも”考えすぎると良くないタイプ”と言われていたにも関わらず、つい思いつめていた八坂。癖は治らないものだなと苦笑しつつ、今は椿樹たちの言葉を有り難く感じていた。 「確かにそうだな。期待してくれてるなら尚更悩んでるわけにもいかないよな……千明、心配かけて悪かった」 「…………別に」 「おやおや水都くんったら、八坂くんの心配してたから静かだったんだ」 「いや水都さんはいつもこんな感じでしょ」 *** 地下から2階の事務所に戻って休憩中。八坂には先程より気になっていたことがあった。 「七瑛路、あんたの魔術って一体何なんだ?」 手で触れずに物を動かす。触れずに物を壊す。試合中の口ぶりからして、それだけの力でも無さそうであることは察しがついていた。あまりにも得体の知れない魔術の正体を問う。しかし……。 「それが……実はあたしにもよく分かってないんです」 椿樹の口から出たのは予想外に歯切れの悪い答えだった。八坂と違って幼少期から魔術に触れていたにも関わらず……。 「そ、そんなことってあるのか?」 「お恥ずかしながら……」 「仕方ない。実は椿樹くんの魔術って他に例を見ないぐらいの特異なものでね。少なくとも一般的な魔術の特性には一切当てはまらないんだよ」 驚愕する八坂を見て桜井が割って入る。──言われてみれば、試合中でも彼女からは魔力を全く感じられなかったことに気付く。八坂や桜井が使う魔術は発動の際に必ず魔力が流れると言うのに。 「あたしの魔力って要は『外に出る』ことがないんです。だから魔力をコントロールする必要なんてそもそもありません。……多分、誰よりも感覚だけで魔術を使ってますよ」 むしろその方が怖い、という言葉は飲みこんだ。理屈で説明できない力を持つことの恐ろしさは八坂自身が身に染みて分かっているから。 「七瑛路は……それで大丈夫なのか?」 「大丈夫ですよ。最初からあたしは自分の力を怖いなんて思ってませんし」 即答だった。長く魔術に慣れ親しんできた者の余裕なのだろうか、それとも。 「……流石だな」 「あたしは今まで魔術のせいで酷い目に遭ったことが無いってだけですよ」 「そうか、でも俺は……まだ怖いな」 「それでも良いんじゃないですかね。いつか慣れるかもしれないし、慣れなくても使えれば別に問題ない、でしょ」 ──それはきっと、魔術を仕事にしてきたからこそ分かることなのだろう。 「気楽にいきましょ。これからは日本支部の仕事も待ってるんですからね」 「そうそう。まあ今は特にやることなんてないけどね〜」 「何言ってるんですか。先輩にはまずうちの基本を教えなきゃダメでしょう」 サボりは許しませんからね、と睨む椿樹の視線から目を逸らす桜井。 「あーそうだった! それじゃ八坂くん、お昼からはそのつもりでね!」 「は、はい……!」 かくして八坂は魔術訓練を終え、一応はSDEPの魔術使いとして認められることとなった。 日本支部での仕事は基本的に交代制で各地の見回りを行い、何か魔術に関わる事件などがあれば解決すること。事務所に直接の依頼があれば引き受けること。桜井曰くここ暫くは大した依頼もなく平和そのものであるという。──この後、職員総出で日本支部史上最大の事件に立ち向かう事になるとは誰もが予想していなかっただろう。 *** 11月27日 今日の試合を見て確信したが、彼はまさしくダイヤの原石だ。私の見立ては間違っていなかったと言える。欧州に生まれていれば今頃世界でもトップレベルの魔術使いになっていただろう。彼は自分に自信が無いようだが、そこは今後の仕事で成果を出していくことで自ずと解決するだろう。だから特に心配はしていない。それよりも彼の潜在能力が高すぎることが気掛かりだ。下手するとあの力は人の域を超えてしまう可能性がある。考えすぎかもしれないが。 常日頃から思うことだが、八坂くんも椿樹も日本にいなければもっと違う、輝ける道があったはずだ。椿樹の魔術について全貌を解明することも、八坂くんの力をより引き出すことも、SDEP本部の力ならば可能だ。だが私は彼らを外に送り出したいとは思わない。本部に連れて行けば彼らの才は正しく見出され、正しく活用されるだろう。それでも、私は2人を手元に置いておきたいと思ってしまう。彼らの為ではなく、単なる私のエゴだ。 私はこの地で穏やかに残りの人生を過ごしたいと思っている。野心など抱かずにいたい。だが、そのような望みが許されるような生き方をしてこなかったのが現実だ。 私の罪滅ぼしに、彼らを巻き込みたくはない。